最近話題になっているのですが,クルド人が職質で押さえ込まれ怪我をした事件がありました。
この事件については,著名な方がこんなツイートをしていました。
警察の職質を振り切ろうとして拘束されたクルド人男性が首を痛めたと警察に抗議デモしたそうです。歯医者に行くので急いでいたそうですが、だからって職質振り切るか?逃げずに説明して身分証でも見せればそれで終わったような気がするよ。皆さんどう思います? https://t.co/RZgErFFM3l
— 上念 司 (@smith796000) May 30, 2020
これに対して,弁護士ビーノとして以下のツイートをしました。
なんかお偉い人が「職質受ければいいじゃん」みたいな間違ったことを伝えています。
そもそも職質は任意なので強制力はない。
挙句,職質の際の有形力の行使をしているようだけど,普通に令状もないので傷害ですよね。アメリカだったら暴動起きますよ?
— 弁護士ビーノ⚖動画クリエイター×AI研究 (@bino_bengoshi) May 31, 2020
結論から申し上げると「刑事訴訟法の基礎論点の理解」ができていない!間違っていると思っています。
直近だとアメリカで警察官が,黒人を押さえつけたことにより,過失致死罪等で逮捕されていました。
今まさに警察と国民の関わり方が注目されています。
そこで今回は,クルド人が警察に押さえ込まれ怪我した事件を元に,職務質問の性質や職務質問において許されることはなんなのかをお伝えしたいと思います。
今回の記事を読むことで,クルド人の方が「不当な有形力の行使」を受けたと批判し,渋谷警察署が非難を受けた理由がわかります。
もちろん賛否はあるかと思いますが,あくまで刑事訴訟法等法律的な観点からの解説となります。
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目次
1 職務質問とは何か?
そもそも「職務質問」いわゆる職質とはどんなものか確認しましょう。
実は職務質問には法律上の根拠があります。
それがこの警察官職務執行法という法律なのです。
警察官職務執行法(抜粋)(質問)第二条 警察官は、異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者又は既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者を停止させて質問することができる。2 その場で前項の質問をすることが本人に対して不利であり、又は交通の妨害になると認められる場合においては、質問するため、その者に附近の警察署、派出所又は駐在所に同行することを求めることができる。3 前二項に規定する者は、刑事訴訟に関する法律の規定によらない限り、身柄を拘束され、又はその意に反して警察署、派出所若しくは駐在所に連行され、若しくは答弁を強要されることはない。4 警察官は、刑事訴訟に関する法律により逮捕されている者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができる。
- 異常な挙動その他周囲の事情から合理的に判断して何らかの犯罪を犯し、若しくは犯そうとしていると疑うに足りる相当な理由のある者
- 既に行われた犯罪について、若しくは犯罪が行われようとしていることについて知つていると認められる者
- 停止(身柄の拘束に至らないレベルでないとダメ)させて質問することができる
2 警察官が職務質問でできることは?(任意捜査の限界)
職務質問において,強制力を一切認めないとする考え方も当然あります。
しかし,現代社会において,何らの強制力を認めないとするのはおかしいですし,捜査の端緒(キッカケ)であることからすれば,対象となる相手を停止させるための必要最小限度の有形力の行使は認めざるを得ないという考え方になります。
では,警察官は,職務質問において,どこまで強制力を行使していいのか?という点が次なる疑問として出てきます。
この疑問に対して最初に答えた判例があるのでまずその点を紹介しましょう。
- A巡査及びB巡査が交通違反の取締りに従事中、被告人の運転する車両が赤色信号を無視して交差点に進入したのを現認し、A巡査が合図して被告人車両を停車させ、被告人に右違反事実を告げた
- 被告人は一応右違反事実を自認し、自動車運転免許証を提示したので、同巡査は、さらに事情聴取のためパトロールカーまで任意同行を求めたが、被告人が応じなかった
- パトロールカーを被告人車両の前方まで移動させ、さらに任意同行に応ずるよう説得した結果、被告人は下車したのであるが、その際、約一メートル離れて相対する被告人が酒臭をさせており、被告人に酒気帯び運転の疑いが生じたため、同巡査が被告人に対し「酒を飲んでいるのではないか、検知してみるか。」といつて酒気の検知をする旨告げた
- 被告人は、急激に反抗的態度を示して「うら酒なんて関係ないぞ。」と怒鳴りながら、同巡査が提示を受けて持つていた自動車運転免許証を奪い取り、エンジンのかかつている被告人車両の運転席に乗り込んで、ギア操作をして発進させようとした
- B巡査が、運転席の窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイツチを切り、被告人が運転するのを制止した
この事案で問題となったのは,B巡査が運転席の窓から手を差し入れ,エンジンキーを回転してスイッチを切った行為が,職務質問における有形力の行使として適法かという点でした。
判例は以下の通りに判示して,適法であると認めたのである。
右のような原判示の事実関係のもとでは、B巡査が窓から手を差し入れ、エンジンキーを回転してスイツチを切つた行為は、警察官職務執行法二条一項の規定に基づく職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であるのみならず、道路交通法六七条三項の規定に基づき、自動車の運転者が酒気帯び運転をするおそれがあるときに、交通の危険を防止するためにとつた、必要な応急の措置にあたるから、刑法九五条一項にいう職務の執行として適法なものであるというべきである。
実はこの判例だけをみても,なんでそうなったのかという判断の過程が抜けているため,わかりづらいですね。
そこで,この2年前の昭和51年の最高裁判例を見る必要があります。
捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである。しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味するものであつて、右の程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない。ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であつても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容されるものと解すべきである。
これを本件についてみると、A巡査の前記行為は、呼気検査に応じるよう被告人を説得するために行われたものであり、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて性質上当然に逮捕その他の強制手段にあたるものと判断することはできない。また、右の行為は、酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被告人をその同意を得て警察署に任意同行して、被告人の父を呼び呼気検査に応じるよう説得をつづけるうちに、被告人の母が警察署に来ればこれに応じる旨を述べたのでその連絡を被告人の父に依頼して母の来署を待つていたところ、被告人が急に退室しようとしたため、さらに説得のためにとられた抑制の措置であつて、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもつて捜査活動として許容される範囲を超えた不相当な行為ということはできず、公務の適法性を否定することができない。
ここで最高裁が言いたいのは,任意捜査については,事案の状況から必要性とか緊急性があって,相当なものであれば,強制力を行使してもいいという考え方をしていますということなんです。
つまり,「B巡査が運転席の窓から手を差し入れ,エンジンキーを回転してスイッチを切った行為」については
- 酒気帯び運転の可能性があったことから逃げられてはいけないという緊急性・必要性があった
- エンジンキーを切る程度であれば,車を壊す,パンクさせるなどの別の行為と比べればよりゆるい方法である
- したがって,適法!
という判断をしているのです。
3 クルド人に対する押さえつけ行為の問題点
では今回のクルド人に対する警察官による職務質問の際の押さえつけ行為は適法だといえるのでしょうか?
今回のクルド人に対する警察官の行為は以下の通りにまとめられます。
- クルド人自体は無抵抗
- クルド人に対して警察官が足蹴にして,膝をつかせている
- クルド人を車に押し付けて抑え込んでいる
- 犯罪が疑われるような状況が動画からは見えない
- 職務質問を無視した
- このまま逃すと道の真ん中なのでやや危険
さて,先ほどお伝えした通り,任意捜査については,事案の状況から必要性とか緊急性があって,相当なものであれば,強制力を行使してもいいという判断基準がありました。
これを当てはめてみましょう。
まず,犯罪が疑われるような必要性があったのでしょうか。
一部報道では,テロが疑われるような集団だったかのような報道がなされていますが,当時の状況ではそのような物品が見つかっているわけではなく,必要性・緊急性があったかは疑わしいところです。
さらに,押さえつけた上で,足蹴にする必要まであったのでしょうか。
クルド人は確かに一度職務質問を無視するという疑わしい行為をしているのは認められるところではあります。
しかし,周りを取り囲む等別の行為により動きを制止することで「停止」させることはできたと思われますので,相当性も疑わしいところです。
仮に,逃げれば交通事故等を起こす可能性があったからという主張もありそうですが,逃げる行動を当時の時点ではしていないですし,抵抗もないので,あくまで可能性のレベルを脱していないと思われます。
したがって,事案の状況から必要性とか緊急性があって,相当なものであれば,強制力を行使してもいいという判断基準を満たしていない可能性が高く,職務質問としては違法であるという考え方が妥当ではないかと考えます。
4 まとめ
よって,警察官の行為が違法であるため,クルド人らによる渋谷警察署前での抗議デモ誘発したということになります。
警察側も最近はスマホですぐに録画されているということを認識してやらないとすぐに国家賠償になってしまうということですね。
今回の件は別の事情があったのかもしれませんが,みた限りだと違法と判断せざるを得ないのではないかと感じました。
さて今回のまとめをしましょう。
- 職務質問は任意での捜査だから有形力を行使することは原則として認められない。
- ただし,必要性や緊急性,相当性があれば有形力の行使も認められる。
- 今回のクルド人の件は,必要性や緊急性,相当性ともに満たさない可能性が高い。
というわけで以上となります。
では次回の記事でまたお会いしましょう。